— ブレイクスルーな言葉 (@breakthrough_jp) from Twitter: http://twitter.com/breakthrough_jp
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清水 日本語に「サキ」と「アト」という言葉があるでしょう。これらはもともと空間概念を説明する言葉で、「前」のことを「サキ」、「後ろ」のことを「アト」と言ったんですが、時間概念を説明する言葉として使う場合、「過去」のことを「サキ」、「未来」のことを「アト」と言ったりしますよね。「先日」とか「後回し」という言葉がそうです。
でも、その逆に「未来」のことを「サキ」、「過去」のことを「アト」という場合もありますよね。「先々のことを考えて……」とか、「後をたどる」なんて、そうです。「サキ」と「アト」という言葉には、ともに未来と過去を指す正反対の意味があるんです。ところが、そもそも中世までの日本語は「アト」には「未来」の意味しかなくて、「サキ」には「過去」の意味しかなかったようなんです。
現代人に「未来の方向を指してみてください」と言うと、たいていは「前」を指さしますよね。でも、そもそも古代や中世の人たちは違ったんです。未来は「アト」であり「後ろ」、背中側だったんです。
これは、勝俣鎮夫さんという日本中世史の先生が論文に書かれていることなんですが、戦国時代ぐらいまでの日本人にとっては、未来は「未だ来らず」ですから、見えないものだったんです。過去は過ぎ去った景色として、目の前に見えるんです。当然、「サキ=前」の過去は手に取って見ることができるけど、「アト=後ろ」の未来は予測できない。
つまり、中世までの人たちは、背中から後ろ向きに未来に突っ込んでいく、未来に向かって後ろ向きのジェットコースターに乗って進んでいくような感覚で生きていたんじゃないかと思います。勝俣さんの論文によると、過去が前にあって未来は後ろにあるという認識は、世界各地の多くの民族がかつて共通してもっていたみたいなんです。
わりと効率よく充実した人生を生きるには、「自分が手を出そうとしている分野が、どのようなコスト・リターンのカーブを描くのか」に注意する必要がある。
大きくは、以下のようにまとめられる
・投資すればするほど、得られるものの効率は悪化する
・人生のサブ武器は、上位20%以上を目指す必要がない
・一分野で頂点になるよりは、複数分野を組み合わせるほうが難易度とコストが低い
・娯楽や幸福的な要素は、初級〜中級のレンジのものを沢山持つと、幸福や満足を最大化できる
・競争やランキングは渋滞を越えるまで頑張れば、急に勝者総取りになる(ただし、満足度は逓減するので、思ったより幸せではないかも)。
でもそれじゃあんまりだから少しだけ書いとく。
下に書くことを徹底してごらん。
・白と黒を絶対に使わない。(白と黒は自然界にない)
・赤、黄、青だけで書く練習をしてみる)
・影は黒ではない色がある。
・明るさ騙されないようにどれだけ時間かけてもいいからよく観察すること。
・何と何を混ぜたら黒に近くなるか把握する。これだけでぜんぜん違うから
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多分、「ああ、思ったより色って使わなくてもかけるんだ」って感じだと思う。
多分5色もあれば誰が見ても何を書いてるかわかるような絵は描けるようになる。
赤、黄、青、藍、茶これで基本は事足りる。これで物足りなくなるまで書く練習をすること。(それが上手いかどうかは別として)
なぜその練習が必要かってのはね、絵の具には人工色が多いからなんだ。
代表格、白、黒。
考えてみてごらん、この世界に見通すことができないほど深い黒や、果てしない広さを感じさせる白がどこにある??・・・ない。そう、ないんだよ。
では誰しも白と黒を使いたがるのか?
俺に言わせれば白と黒の絵の具の減りが早い奴は絵が下手。これは断言できる。
なぜか?
「何も見えてない」から。例を挙げてみるよ。
日本人の子供は人の頭の髪の毛を黒で塗りたがる。・・・本当に黒か?
いいや、違う。
ではなぜ違うと言い切れるのか?
そもそも黒と白ってなぜあるのか?話しにまとまりがなくなるから割愛するけど、髪の毛をちょっと茶色く塗る人の方が「なぜか」上手く見える。
それはだな、黒で塗る人は先入観で絵を描いているからだよ。
人間の目ははなれれば離れるほど色の識別力が低くなる。
「ああ、これ黒だ~。これ白だな~」みたいな感じで曖昧に判断して結局今日も白と黒のチューブを絞る。だがそれでは何も描けていない。
ピンクも人工色。あんな色自然界にはない。
普段からピンクに見える物もものすごい近くに寄れば赤と、ほのかな黄色と、表面の反射による光沢と質感でピンクに見えていると知ることができる。
それが色を塗ることの本質だよ。対象の色が一体何色と何色と何色で、どのように配置されることで遠くから見たときに初めてその色に見えるのかそれを知るのが大事。
そうだな・・・いくつか例を挙げてみようか普段しろと黒に思われているがそうでないものの例。雲・・・・これは空の青と地面から反射している茶色、遠くの山の木々の色、
アスファルト・・・深い明度の低い青。それに周りの建物の黄ばんだ壁の反射、木々の色
白い机・・・机のそばに立つ人の肌の色、天井の色、汚れ、木目、壁の反射。
髪の毛・・・黄色。青、先端の光に透けてる赤
みたいな感じで普段はスルーしそうなところには以外にも色が隠れてる。
着色は、質感(筆触)、トーン、量感、細部観察、反射、僅かな色彩学だけでアマチュアならかなりのレベルにはなれる。(色塗りだけならって話し)
スキルが鈍化カーブを描くということは、1万人に1人の逸材になることは無理ゲーに近い。でも10人に一人の逸材ならばそこまで難しくない。
だったら、「4分野で10人に一人の逸材」になれば、確率的なレア度は1万人に1人の逸材と等しくなる。これならば、わりと現実的に目指せる。「複数分野を組み合わせるほうが、難易度とコストが低い」とは、そういうこと。
あまりに多すぎる休息は、少なすぎるのと同じように、ひとを疲れさせるものである。(ヒルティ)
伊集院光:俺の心が…何人かいて。ラジオ聴いてる人で、「伊集院の言ってること、俺と同じ」って人。
安田美香:ふふ(笑)
伊集院光:で、一緒に乾杯しよう、路地裏で(笑)
安田美香:はっはっはっ(笑)「はぁ~い」って(笑)
伊集院光:ふふ(笑)いやぁ、なんかね、ちょっとだけラジオがあってよかったよ(笑)
安田美香:はっはっはっ(笑)
伊集院光:ラジオがあってよかったね(笑)
菅政権では、仕事の結果ではなく、「マジメ」をアピールする閣僚が目立つ。それも、仕事の過程ですらなく、単に本人の「忙しさ」とか「大変さ」といった点を強調する。菅首相は「朝5時起きでやった」とアピールした。先日は、仙谷氏も「朝の7時から夜の11時までしっかりやっている」 と努力をアピールしている。
そこでふと思い出したのが、リストラ候補となった中高年サラリーマンのエピソードだ。「このままではリストラだ。結果を出せ」と言われた彼は、何を思った のか、次の日から朝一番で出社するようになり、デスクの掃除や花の水やりなどをするようになった。ただし、仕事の能率が上がったり、仕事上で何か新しいこ とにチャレンジするようになったわけではない。
「結果を出せ」と言われたのに、なぜか仕事とは直接関係ない「マジメ」をアピールする―― これは意外に、現代ニッポンで「美徳」として蔓延しているように思われる。仕事で結果を出すよりも、組織への忠誠心を「マジメ」という形で強調することで 評価してもらおうという魂胆がそこにはある。加えて、「自分はマジメに生きているのだから、非難される覚えはない」というように、仕事上の評価問題を道徳 的な評価問題にすり替えていく。マジメが美徳なのは誰も否定しないが、「マジメ」を自己弁護に使うのは間違っている。
代表的なのが公務 員の自意識だ。利用者からしてみれば、公務員の仕事には不満があり、だからこそ公務員人件費の削減(減給、民営化)ということが言われる。しかし、当の公 務員にしてみれば、「毎朝ちゃんと出勤して、言われた通りのことをちゃんとして、マジメにやっているのに、どうして非難されなければならないのか」と納得 できない。そこには評価基準の決定的なズレが存在する。
政権交代の原動力になったのは、このような「マジメ型」日本人の群れである。彼 らにとって、仕事とは「毎朝ちゃんと出勤する」とか「言われた通りのことをちゃんとする」という以上のことではないから、「不況でリストラ」とか「年功賃 金・定期昇給の崩壊」とか「既得権・ベネフィットの消失」ということが理解できない。「マジメにやっているのにリストラされた」「マジメにやっているのに 給料が上がらない」「マジメにやっているのにベネフィットが消えた」と、不満タラタラである。
一方、業績を伸ばしたり、給料が上がった りしている他人を見ると、「マジメ型」日本人としてはどうにも許せなくなる。「自分はマジメにやっているのに報われない。しかし、あいつらは報われてい る。きっと、ズルイことをやっているに違いない。こんな世の中は間違っている」と考える。世の成功者は、凡人以上にそれこそマジメに忙しく働いている人が ほとんどだが、「マジメ型」日本人は自分の「マジメ」しか見えないので、嫉妬心だけがたまっていく。
それをうまく煽ったのが民主党だっ た。まだまだ規制が多くて社民主義的な要素が色濃い日本型市場経済を「新自由主義」と批判し、「マジメにさえしていれば報われますよ」とバラマキ・既得権 護持政策を謳った。そうして、怒れる「マジメ型」日本人が投票所に向かい、政権交代は果たされたのである。
492 :1/5 投稿日:2006/02/13(月) 05:50:13
俺には母親がいない。
俺を産んですぐ事故で死んでしまったらしい。
産まれたときから耳が聞こえなかった俺は
物心ついた時にはもうすでに簡単な手話を使っていた。
耳が聞こえない事で俺はずいぶん苦労した。
普通の学校にはいけず、障害者用の学校で学童期を過ごしたわけだが、
片親だったこともあってか、近所の子どもに馬鹿にされた。
耳が聞こえないから何を言われたか覚えていない(というか知らない)が
あの見下すような馬鹿にしたような顔は今も忘れられない。
その時は、自分がなぜこんな目にあうのかわからなかったが、
やがて障害者であるということがその理由だとわかると
俺は塞ぎ込み、思春期の多くを家の中で過ごした。
自分に何の非もなく、不幸にな目にあうのが悔しくて仕方がなかった。
だから俺は父親を憎んだ。
そして死んだ母親すら憎んだ。
なぜこんな身体に産んだのか。
なぜ普通の人生を俺にくれなかったのか。
手話では到底表しきれない想いを、暴力に変えて叫んだ。
ときおり爆発する俺の気持ちを前に、父は抵抗せず、
ただただ、涙を流し「すまない」と手話で言い続けていた。
その時の俺は何もやる気がおきず、荒んだ生活をしていたと思う。
493 :2/5 投稿日:2006/02/13(月) 05:51:13
そんな生活の中での唯一の理解者が俺の主治医だった。
俺が産まれた後、耳が聞こえないとわかった時から、ずっと診てくれた先生だ。
俺にとってはもう一人の親だった。
何度も悩み相談にのってくれた。
俺が父親を傷つけてしまった時も、優しい目で何も言わず聞いてくれた。
仕方がないとも、そういう時もあるとも、そんな事をしては駄目だとも言わず、
咎める事も、慰める事もせず聞いてくれる先生が大好きだった。
そんなある日、どうしようもなく傷つく事があって、
泣いても泣ききれない、悔しくてどうしようもない出来事があった。
内容は書けないが、俺はまた先生の所に行って相談した。
長い愚痴のような相談の途中、
多分「死にたい」という事を手話で表した時だと思う。
先生は急に怒り出し、俺の頬をおもいっきり殴った。
俺はビックリしたが、先生の方を向くと、さらに驚いた。
先生は泣いていた。
そして俺を殴ったその震える手で、静かに話し始めた。
494 :3/5 投稿日:2006/02/13(月) 05:51:48
ある日、俺の父親が赤ん坊の俺を抱えて先生の所へやってきたこと。
検査結果は最悪で、俺の耳が一生聞こえないだろう事を父親に伝えたこと。
俺の父親がすごい剣幕でどうにかならないかと詰め寄ってきたこと。
そして次の言葉は俺に衝撃を与えた。
「君は不思議に思わなかったのかい。
君が物心ついた時には、もう手話を使えていた事を。」
たしかにそうだった。
俺は特別に手話を習った覚えはない。じゃあなぜ・・・
「君の父親は僕にこう言ったんだ。
『声と同じように僕が手話を使えば、この子は普通の生活を送れますか』
驚いたよ。
確かにそうすればその子は、声と同じように手話を使えるようになるだろう。
小さい頃からの聴覚障害はそれだけで知能発達の障害になり得る。
だが声と同じように手話が使えるのなら、もしかしたら・・・
でもそれは決して簡単な事じゃない。
その為には今から両親が手話を普通に使えるようにならなきゃいけない。
健常人が手話を普通の会話並みに使えるようになるのに数年かかる。
全てを投げ捨てて手話の勉強に専念したとしても、とても間に合わない。
不可能だ。僕はそう伝えた。
その無謀な挑戦の結果は君が一番良く知ってるはずだ。
君の父親はね、何よりも君の幸せを願っているんだよ。
だから死にたいなんて、言っちゃ駄目だ。」
495 :4/5 投稿日:2006/02/13(月) 05:52:20
聞きながら涙が止まらなかった。
父さんはその時していた仕事を捨てて、俺のために手話を勉強したのだ。
俺はそんな事知らずに、たいした収入もない父親を馬鹿にしたこともある。
俺が間違っていた。
父さんは誰よりも俺の苦しみを知っていた。
誰よりも俺の悲しみを知っていた。
そして誰よりも俺の幸せを願っていた。
濡れる頬をぬぐう事もせず俺は泣き続けた。
そして父さんに暴力をふるった自分自身を憎んだ。
なんて馬鹿なことをしたのだろう。あの人は俺の親なのだ。
耳が聞こえないことに負けたくない。
父さんが負けなかったように。
幸せになろう。そう心に決めた。
今、俺は手話を教える仕事をしている。
そして春には結婚も決まった。
俺の障害を理解してくれた上で愛してくれる最高の人だ。
父さんに紹介すると、母さんに報告しなきゃなと言って父さんは笑った。
でも遺影に向かい、線香をあげる父さんの肩は震えていた。
そして遺影を見たまま話し始めた。
496 :5/5 聞いてくれてありがとう 投稿日:2006/02/13(月) 05:53:09
俺の障害は先天的なものではなく、事故によるものだったらしい。
俺を連れて歩いていた両親に、居眠り運転の車が突っ込んだそうだ。
運良く父さんは軽症ですんだが、母さんと俺はひどい状態だった。
俺は何とか一命を取り留めたが、母さんは回復せず死んでしまったらしい。
母さんは死ぬ間際、父さんに遺言を残した。
「私の分までこの子を幸せにしてあげてね」
父さんは強くうなずいて、約束した。
でもしばらくして俺に異常が見つかった。
「あせったよ。お前が普通の人生を歩めないんじゃないかって
約束を守れないんじゃないかってなぁ。
でもこれでようやく、約束…果たせたかなぁ。なぁ…母さん。」
最後は手話ではなく、上を向きながら呟くように語っていた。
でも俺には何て言っているか伝わってきた。
俺は泣きながら、父さんにむかって手話ではなく、声で言った。
「ありがとうございました!」
俺は耳が聞こえないから、ちゃんと言えたかわからない。
でも父さんは肩を大きく揺らしながら、何度も頷いていた。
父さん、天国の母さん、そして先生。
ありがとう。俺、いま幸せだよ。
いつもお世話になっている師匠に教えてもらったことに「30秒ルール」というものがあります。そのルールは以下のようなものです。
新幹線のなかでも、行列に並んでいるときでも、知らない人に話しかけるなら最初の30秒が勝負。その30秒で話しかけられないとずっと話しかけられない可能性が高い。
・・・うむ、経験ありますよね。それ以来、30秒ルールを肝に銘じて、あ、なんか話しかけたいな、と思ったときには躊躇しないようにしています。
知らない人に話しかけるのはすごく勇気がいることですが(social skydivingとかって言われるぐらい)、うまくいけばとってもハッピーな気分になれますよね。
正確に30秒がどうのこうの、ということではないですが、こうしてルール化しておくといざというときに自分の背中を押してくれるかも、ですね。人生におけるこうしたルールは大事にしたいものです。
最初の30秒で話しかけないとずっと話しかけられないの法則(=30秒ルール) - IDEA*IDEA ~ 百式管理人のライフハックブログ
じゅんびした ことばは
さんじゅうびょうで きえてしまう
(via firedfly, theemitter)
(via gyoukancrawl) (via slowsteps)
(via rokuroku) (via soil001) (via cherub69) (via deadairspace) (via kii0329)
(via korekara) (via usaginobike)(via lovecake)
(via complete-turnover)
(via gkojax)
(via quote-over1000notes-jp)
米人「日本人って英語下手すぎwwwwww」
日本人「我が国は一度もイギリスの植民地だったことがないからね」
これはいい切り返しwww
