Liz Collins Numéro
— ブレイクスルーな言葉 (@breakthrough_jp) from Twitter: http://twitter.com/breakthrough_jp
—————————————
Edited by 空心 web: http://cooshin.com / facebook: http://facebook.com/cooshin
小人のひつまぶし。
セーラームーンは、継ぎ足し継ぎ足しで補修してきたせいでメンテナンスが困難になったプロジェクトとして滅んで行った。
プリキュアは、スクラップアンドビルドで、毎年新規要件に基づいて開発したおかげで複雑度を抑えられた。
何とも複雑な気分ですな。ナージャ?知らない子ですね。
zzzzzz
藤原:今、日本人は平均で1500万〜2000万円を残して死んでいるんですよね。「もしものときのため」というのがその理由だけど、その「もしも」は大半の人には起きない。
さらに面白いのは、平均的な日本人は、一生涯使う医療費の半分を死ぬ前の最後の2週間で使っている。要するに延命高度医療で。
309 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:2017/10/24(火)12:10:11 ID:fvF
現在大学生の田舎者です。上京してびっくりしたこと
・人がみんな優しい
・山菜・果物がとても高価
・男性が重いものを持ってくれる
・30~40代の女性がきれいで優しい。声が小さい
・若い男の子が、うちの田舎の女の子たちより可愛くて細い
・人前でネガティヴなこと(「これまずい」とか「あいつはダメだ」とか)をあまり言わない
逆に「おいしい」「面白い」とポジティヴな感想が多い
・当たり前だけどお年寄りが標準語で話す
・車が歩行者優先
・他人の噂話をしている人が少ない。代わりに自分の興味あることに皆没頭してる
・本屋がいっぱいある
・コンビニ店員さんが外国人
・男の人が自分でコーヒーとかお茶を用意する
・目上の人でも「お前」じゃなく「何々さん」と呼んでくるし敬語
・ゴキブリが普通にいる
・駐車料金がめちゃくちゃ高い
・荒俣宏先生をよく見かける
・電車の車両とホームの感覚がやたら広いとにかく人が優しいのにびっくりです
清水 日本語に「サキ」と「アト」という言葉があるでしょう。これらはもともと空間概念を説明する言葉で、「前」のことを「サキ」、「後ろ」のことを「アト」と言ったんですが、時間概念を説明する言葉として使う場合、「過去」のことを「サキ」、「未来」のことを「アト」と言ったりしますよね。「先日」とか「後回し」という言葉がそうです。
でも、その逆に「未来」のことを「サキ」、「過去」のことを「アト」という場合もありますよね。「先々のことを考えて……」とか、「後をたどる」なんて、そうです。「サキ」と「アト」という言葉には、ともに未来と過去を指す正反対の意味があるんです。ところが、そもそも中世までの日本語は「アト」には「未来」の意味しかなくて、「サキ」には「過去」の意味しかなかったようなんです。
現代人に「未来の方向を指してみてください」と言うと、たいていは「前」を指さしますよね。でも、そもそも古代や中世の人たちは違ったんです。未来は「アト」であり「後ろ」、背中側だったんです。
これは、勝俣鎮夫さんという日本中世史の先生が論文に書かれていることなんですが、戦国時代ぐらいまでの日本人にとっては、未来は「未だ来らず」ですから、見えないものだったんです。過去は過ぎ去った景色として、目の前に見えるんです。当然、「サキ=前」の過去は手に取って見ることができるけど、「アト=後ろ」の未来は予測できない。
つまり、中世までの人たちは、背中から後ろ向きに未来に突っ込んでいく、未来に向かって後ろ向きのジェットコースターに乗って進んでいくような感覚で生きていたんじゃないかと思います。勝俣さんの論文によると、過去が前にあって未来は後ろにあるという認識は、世界各地の多くの民族がかつて共通してもっていたみたいなんです。
わりと効率よく充実した人生を生きるには、「自分が手を出そうとしている分野が、どのようなコスト・リターンのカーブを描くのか」に注意する必要がある。
大きくは、以下のようにまとめられる
・投資すればするほど、得られるものの効率は悪化する
・人生のサブ武器は、上位20%以上を目指す必要がない
・一分野で頂点になるよりは、複数分野を組み合わせるほうが難易度とコストが低い
・娯楽や幸福的な要素は、初級〜中級のレンジのものを沢山持つと、幸福や満足を最大化できる
・競争やランキングは渋滞を越えるまで頑張れば、急に勝者総取りになる(ただし、満足度は逓減するので、思ったより幸せではないかも)。
でもそれじゃあんまりだから少しだけ書いとく。
下に書くことを徹底してごらん。
・白と黒を絶対に使わない。(白と黒は自然界にない)
・赤、黄、青だけで書く練習をしてみる)
・影は黒ではない色がある。
・明るさ騙されないようにどれだけ時間かけてもいいからよく観察すること。
・何と何を混ぜたら黒に近くなるか把握する。これだけでぜんぜん違うから
**********
多分、「ああ、思ったより色って使わなくてもかけるんだ」って感じだと思う。
多分5色もあれば誰が見ても何を書いてるかわかるような絵は描けるようになる。
赤、黄、青、藍、茶これで基本は事足りる。これで物足りなくなるまで書く練習をすること。(それが上手いかどうかは別として)
なぜその練習が必要かってのはね、絵の具には人工色が多いからなんだ。
代表格、白、黒。
考えてみてごらん、この世界に見通すことができないほど深い黒や、果てしない広さを感じさせる白がどこにある??・・・ない。そう、ないんだよ。
では誰しも白と黒を使いたがるのか?
俺に言わせれば白と黒の絵の具の減りが早い奴は絵が下手。これは断言できる。
なぜか?
「何も見えてない」から。例を挙げてみるよ。
日本人の子供は人の頭の髪の毛を黒で塗りたがる。・・・本当に黒か?
いいや、違う。
ではなぜ違うと言い切れるのか?
そもそも黒と白ってなぜあるのか?話しにまとまりがなくなるから割愛するけど、髪の毛をちょっと茶色く塗る人の方が「なぜか」上手く見える。
それはだな、黒で塗る人は先入観で絵を描いているからだよ。
人間の目ははなれれば離れるほど色の識別力が低くなる。
「ああ、これ黒だ~。これ白だな~」みたいな感じで曖昧に判断して結局今日も白と黒のチューブを絞る。だがそれでは何も描けていない。
ピンクも人工色。あんな色自然界にはない。
普段からピンクに見える物もものすごい近くに寄れば赤と、ほのかな黄色と、表面の反射による光沢と質感でピンクに見えていると知ることができる。
それが色を塗ることの本質だよ。対象の色が一体何色と何色と何色で、どのように配置されることで遠くから見たときに初めてその色に見えるのかそれを知るのが大事。
そうだな・・・いくつか例を挙げてみようか普段しろと黒に思われているがそうでないものの例。雲・・・・これは空の青と地面から反射している茶色、遠くの山の木々の色、
アスファルト・・・深い明度の低い青。それに周りの建物の黄ばんだ壁の反射、木々の色
白い机・・・机のそばに立つ人の肌の色、天井の色、汚れ、木目、壁の反射。
髪の毛・・・黄色。青、先端の光に透けてる赤
みたいな感じで普段はスルーしそうなところには以外にも色が隠れてる。
着色は、質感(筆触)、トーン、量感、細部観察、反射、僅かな色彩学だけでアマチュアならかなりのレベルにはなれる。(色塗りだけならって話し)
スキルが鈍化カーブを描くということは、1万人に1人の逸材になることは無理ゲーに近い。でも10人に一人の逸材ならばそこまで難しくない。
だったら、「4分野で10人に一人の逸材」になれば、確率的なレア度は1万人に1人の逸材と等しくなる。これならば、わりと現実的に目指せる。「複数分野を組み合わせるほうが、難易度とコストが低い」とは、そういうこと。
— ブレイクスルーな言葉 (@breakthrough_jp) from Twitter: http://twitter.com/breakthrough_jp
—————————————
Edited by 空心 web: http://cooshin.com / facebook: http://facebook.com/cooshin
伊集院光:俺の心が…何人かいて。ラジオ聴いてる人で、「伊集院の言ってること、俺と同じ」って人。
安田美香:ふふ(笑)
伊集院光:で、一緒に乾杯しよう、路地裏で(笑)
安田美香:はっはっはっ(笑)「はぁ~い」って(笑)
伊集院光:ふふ(笑)いやぁ、なんかね、ちょっとだけラジオがあってよかったよ(笑)
安田美香:はっはっはっ(笑)
伊集院光:ラジオがあってよかったね(笑)
菅政権では、仕事の結果ではなく、「マジメ」をアピールする閣僚が目立つ。それも、仕事の過程ですらなく、単に本人の「忙しさ」とか「大変さ」といった点を強調する。菅首相は「朝5時起きでやった」とアピールした。先日は、仙谷氏も「朝の7時から夜の11時までしっかりやっている」 と努力をアピールしている。
そこでふと思い出したのが、リストラ候補となった中高年サラリーマンのエピソードだ。「このままではリストラだ。結果を出せ」と言われた彼は、何を思った のか、次の日から朝一番で出社するようになり、デスクの掃除や花の水やりなどをするようになった。ただし、仕事の能率が上がったり、仕事上で何か新しいこ とにチャレンジするようになったわけではない。
「結果を出せ」と言われたのに、なぜか仕事とは直接関係ない「マジメ」をアピールする―― これは意外に、現代ニッポンで「美徳」として蔓延しているように思われる。仕事で結果を出すよりも、組織への忠誠心を「マジメ」という形で強調することで 評価してもらおうという魂胆がそこにはある。加えて、「自分はマジメに生きているのだから、非難される覚えはない」というように、仕事上の評価問題を道徳 的な評価問題にすり替えていく。マジメが美徳なのは誰も否定しないが、「マジメ」を自己弁護に使うのは間違っている。
代表的なのが公務 員の自意識だ。利用者からしてみれば、公務員の仕事には不満があり、だからこそ公務員人件費の削減(減給、民営化)ということが言われる。しかし、当の公 務員にしてみれば、「毎朝ちゃんと出勤して、言われた通りのことをちゃんとして、マジメにやっているのに、どうして非難されなければならないのか」と納得 できない。そこには評価基準の決定的なズレが存在する。
政権交代の原動力になったのは、このような「マジメ型」日本人の群れである。彼 らにとって、仕事とは「毎朝ちゃんと出勤する」とか「言われた通りのことをちゃんとする」という以上のことではないから、「不況でリストラ」とか「年功賃 金・定期昇給の崩壊」とか「既得権・ベネフィットの消失」ということが理解できない。「マジメにやっているのにリストラされた」「マジメにやっているのに 給料が上がらない」「マジメにやっているのにベネフィットが消えた」と、不満タラタラである。
一方、業績を伸ばしたり、給料が上がった りしている他人を見ると、「マジメ型」日本人としてはどうにも許せなくなる。「自分はマジメにやっているのに報われない。しかし、あいつらは報われてい る。きっと、ズルイことをやっているに違いない。こんな世の中は間違っている」と考える。世の成功者は、凡人以上にそれこそマジメに忙しく働いている人が ほとんどだが、「マジメ型」日本人は自分の「マジメ」しか見えないので、嫉妬心だけがたまっていく。
それをうまく煽ったのが民主党だっ た。まだまだ規制が多くて社民主義的な要素が色濃い日本型市場経済を「新自由主義」と批判し、「マジメにさえしていれば報われますよ」とバラマキ・既得権 護持政策を謳った。そうして、怒れる「マジメ型」日本人が投票所に向かい、政権交代は果たされたのである。
309 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:2017/10/24(火)12:10:11 ID:fvF
現在大学生の田舎者です。上京してびっくりしたこと
・人がみんな優しい
・山菜・果物がとても高価
・男性が重いものを持ってくれる
・30~40代の女性がきれいで優しい。声が小さい
・若い男の子が、うちの田舎の女の子たちより可愛くて細い
・人前でネガティヴなこと(「これまずい」とか「あいつはダメだ」とか)をあまり言わない
逆に「おいしい」「面白い」とポジティヴな感想が多い
・当たり前だけどお年寄りが標準語で話す
・車が歩行者優先
・他人の噂話をしている人が少ない。代わりに自分の興味あることに皆没頭してる
・本屋がいっぱいある
・コンビニ店員さんが外国人
・男の人が自分でコーヒーとかお茶を用意する
・目上の人でも「お前」じゃなく「何々さん」と呼んでくるし敬語
・ゴキブリが普通にいる
・駐車料金がめちゃくちゃ高い
・荒俣宏先生をよく見かける
・電車の車両とホームの感覚がやたら広いとにかく人が優しいのにびっくりです
